「SMAPの25年」と「自分の25年」を比べたらいろんな意味で涙が止まらなくなった……



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長らく第一線で活躍してきた、日本が誇るアイドルグループ「SMAP」が解散することとなった。冠番組の『SMAP × SMAP』が終了し、メンバー5人が揃うことは、もうない。ファンだけでなく、多くの人の間で悲しみが広がっている。

デビューから25年、彼らはずっとSMAPだった。もしかしたら、これから先もずっとSMAPであり続けるかもしれない。解散して欲しくないという気持ちはあるが、私(佐藤)は自らの25年を省みたとき、とてもそんなことは言えない。言えるはずがないと悟った……。

・何ひとつ貫いていない25年

現在43歳の私は、木村拓哉さんと中居正広さんより1つ年下だ。年齢だけでいえば、同じ25年を歩んできたと言ってもいいかもしれない。しかしその功績や中身の濃さはまったく違う。彼らは努力に努力を重ねて、ひた向きにSMAPであり続けていた。

一方の私は、25年の間に何ひとつ貫いていない。人が嫌い、仕事が嫌い、職場が嫌い。ありとあらゆるものが嫌いな私は、どんな仕事に就いても、全然続かなかった。当編集部で7年も続けられているのが奇跡である。

・「嫌になったら辞める」の繰り返し

18歳だった1991年から振り返ると、20代前半はほぼ1年周期で仕事を変えたりしていた。家業である塗装業の手伝いに始まり、19歳で千葉の親戚を頼りに上京して、わずか半年で帰省。再度上京する資金を稼ぐために、ガードマンとコンビニで働くも面倒くさくなって貯金を断念。

・「テキトー」しか浮かばない

ホテルのフロントを1年で辞め、パチンコ屋のスタッフを1年で辞め、解体業に従事するも、音楽イベントの主催をやるのが楽しくなってしまって、突然独立。それもすぐやめてライブハウスで勤務するも、わがままがすぎて解雇。続くレストランでもわがままパワーを全開に発揮して解雇。

30歳で上京するも、勤務したレストランの料理長が怖すぎて退社。派遣で食い扶持をつなぎつつ、縁のあった引越会社社長に取り入って、その会社に転がり込む。2年を経た後に、同じところにいるのに嫌気がさしてきて、システム会社の手伝いをしながら、自称ライターとなる。名もないライターが生活できる訳でもなく、そんな折にロケットニュース24と出会い、現在に至る。

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我ながら思う。何が、「現在に至る」なんだと。思いも信念もなく、何ひとつ果たしていないじゃないか。我が心には「テキトー」という言葉しか浮かんでこない。情けない……。




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・たゆまぬ努力

忍耐力がたった1年しかもたない私から見たら、25年は途方もなく長い時間だ。永遠にさえ感じるかもしれない。その間も、たゆまぬ努力を重ね、時には辛い状況に陥ることさえあった彼ら。

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自分だったら、絶対に逃げちゃうよ……。「もう嫌だ! 辞める。今すぐ辞めてやる!! やってられるかッ!」って喚き散らして、その場から駆け出してたよ。本当にそうしてきたから。彼らが辛い時を想像すると、胸が締め付けられるよ……。

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・たったひとつ

25年がんばってきた彼らに、1年しか耐えられない私が、何か言えることはあるだろうか? ない、何もないよ。「解散しないで」なんて口が裂けても言えねえ。

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いや、ひとつだけあった。「今まで夢と希望をありがとう」って。

これからはより、SMAPのメンバーらしく輝いて欲しいなあ。私もいつか、ひとつの花を咲かせられたらいいなあ……。

ポエム:佐藤英典
Photo:Rocketnews24


Source: ロケットニュース24






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